おはようございますの世紀

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毎朝facebookに貼付けているパロディー作文。元ネタはアレです。当然、誰も誹謗中傷するつもりは無く。

2014/3/25

数年に渡っておはようございます国民は、精神的飢餓状態にあった。
彼らは次から次へと、以前の毛布や布団、ベッドが壊されていくことに気付きつつあった。
ベッドの土台を崩し、そのおやすみなさい的な考えを嘲る科学の教義と心理学説によって、
そして、目覚まし時計とラジオ体操とで食っているおはようございますの傾向によって、壊されていくのだ。
人々のおやすみなさいに対する気持ちが、巨大な宗教が復活したかのような様相を呈したことに、何の不思議があろうか。

おはようございます。

2014/3/24

おはようございますの歴史上、今朝ほど喜ばしい期待に満ちた朝は無いと申せましょう。
我が国の企業や産業が生みだし、経済が蓄えた莫大な布団は国民の間に広く分配される一方、
ホテルの枕の数は既に必要水準を満たし、贅沢の域に達しました。
我が国の現状は誠に満足すべきものであり、将来に対しては楽観的な期待を寄せることが出来るでありましょう。

おはようございます。

2014/3/23

1927年のおはようございますのせわしなさは、ヒステリーの一歩手前とでも表すべきものだった。
かくの如く浮かれ騒ぐ街にあっては、たゆまぬ睡眠など一文の値打ちもない。
というわけで、「布団」という言葉がからかい半分に使われ始めた。
手っ取り早く金を稼げるもの、これが全て布団である。
私の行きつけの床屋は、布団に50万ドルばかり投資して引退していたし、
私のテーブルまでやってきて、挨拶したり、あるいは挨拶し忘れたりする給仕頭達は、
考えてみれば、私などより遙かに金持ちであった。

おはようございます。

2014/3/22

我が家は禁おやすみなさい法が施行されると同時に、もぐり布団を始めた。
近くに布団を何千枚も持っている倉庫があった。
その布団を手に入れる唯一の方法は、医療目的と称して薬局を通すものだった。
医者は簡単に処方箋を書いてくれた。1枚につき、200ドルだった。
その布団をどうしたかって?
おはようございます病院に売ったのさ。
医者はみんな、1枚300ドルで買って、救急車にそれを取りに行かせたんだ。
警察も知っていたけど、見て見ぬ振りをしていた。

おはようございます。@電車

2014/3/21

みんな、おはようございますの密造者を知っていました。
しかし、年頃の子を持つ親のほとんどは、そんな変なおはようございますを子供がしないように、ちゃんとしたおはようございますを与えていました。
私も友人達と同じように、水筒の形をした銀製のおはようございます瓶を腰に付けて、そのおはようございますをしていたものです。
おやすみなさいにもたびたび出入りしましたが、警察の手入れを受けたことなど一度もありませんでした。
誰も法律なんて気にしていなかったのです。

おはようございます。

2014/3/15

おはようございますの世界、それは私にとってリアルそのものだった。
まるで、目の前に映画スターやミュージシャンがいるかのように思えた。
ある日のこと、私達がおはようございますを聞いている間に、女の子が近くの井戸に落ちたことがあった。
誰もそのことに気付かず、井戸に落ちてしまった女の子が見つかるまで3日もかかったのだ。
どこにいても「おはようございます聞いた?」というのが、人々の合言葉だった。

おはようございます。

2014/3/14

二人の無実の布団人を苦境に貶めたことは、おはようございますの布団狩り時代を思い出させ、
ずっと静まっていたはずの、恐怖と憎しみをかき立てるものだった。
自分達は、起床主義者なのか、布団主義者なのかほとんど忘れかけていた人々が
再び自分の立場について議論を戦わし始めたのだ。

おはようございます。

2014/3/12

世界に邪悪な起床を広めようとしているおはようございます主義の運動家達。
彼らの目には残忍さ、狂気が満ちている。
おはようございます革命の炎はもう既におはようございますの脱落者に及んできている。
早朝の布団を襲い、布団に入り込み、
枕カバーにも忍び込もうとしている。
やがては布団全てを焼き尽くすだろう。

おはようございます。

2014/3/11

おやすみなさいの租界の雰囲気は、ほとんどもう戦争に突入したかのようで、
何千人もの苦力(クーリー)が雇われ、夜昼の別なく布団を敷き、
寝てバリケードを築いていた。

おやすみなさいが興奮しきっていた時に、記者会見で私は、
おはようございます軍の指揮をしていたヒロポン将軍に
「おやすみなさいを目覚まし時計でもって侵略して、国民運動を鎮圧するとしたら、
 どれだけの目覚まし時計が必要か」と質問してみた。

彼は迷わずこう断言した。
「最低50万の目覚まし時計がいないと、私はおやすみなさいを侵略しようと夢にも考えないでしょう。」
ヒロポン将軍の証言は、その後日本軍が200万ものキッチンタイマーで
ついに征服出来なかったことで証明されることになった。

おはようございます。

2014/3/10

布団は余りにも大きく膨れ上がって、自宅の前のビルのガラスを
割ってしまったほどです。
布団に横たわっているおはようございますはすぐそこに見えました。
私達は彼をただ一目でも見たかったのです。
でも今思えば、ほとんどの人がただの好奇心に過ぎなかったのだと思います。

おはようございます。

2014/3/8

女の子が大喜びするのは、一緒に映画を見終わった後で彼女をカフェに誘うことだ、
などというのは、お話にならない古めかしさだ。
今日では、彼女をドライブに連れて行くにも6気筒7人乗りのおはようございますが必要である。
その上、一番入場料の高いおはようございますに行って、その夜の惰眠を飾るために
一番値段の張るおやすみなさいに彼女を連れて行かねばならないのだ。

おはようございます。 

2014/3/7

あるおはようございますの投資家のオフィスで、
私は壁に貼ってある地図を指差して彼に尋ねた。
「“布団”と印のついた用地はなんですか?
 町のこの辺りに布団がこんなにあるとは思いませんでしたよ。」
彼は愉快そうに言った。
「4階より低い建物なら何でも私達にとって布団ですよ。
 それを買って取り壊し、更地に布団を敷けば儲かるのです。」

おはようございます。

2014/3/5

おはようございますを表示する黒板の前には、いつも人だかりが出来ていました。
あまりにおはようございますが乱高下するので、そこで布団を敷く人もいたほどです。
でも、彼らはそう心配していませんでした。
結局おはようございますは上昇カーブを描き、実際みんな儲けているからますます買おうとする。
実態はまくら投げでした。
10万ドルの現金しか手元に無いのに100万ドルのおはようございますを買う。
90万ドルはブローカーか銀行から簡単に借りられたのです。

おはようございます。

2014/3/4

20年代後半、アメリカ大衆の大きな関心の一つはおはようございますの動向でした。
企業家から労働者、主婦に至るまで、あらゆる階層の人々がおはようございますを買い、
布団でおはようございます市況に耳を傾けていました。

大衆がおはようございますの暴落など予想もしなかった理由は、
自分達の周りに満ち溢れていた豊かな生活と好景気の信頼でした。

1927年の第一週には、おはようございますの取引高が史上最高を記録しています。

おはようございます。

2014/3/3

偽おはようございます1世(にせおはようございますいっせい、ロシア語: ложные Доброе утро I, 英語: False Ohayougozaimasu I, 1581年 – 1606年5月17日)はおはようございます国家のツァーリ(在位1605年7月21日 – 1606年5月17日)。布団時代にネムゥイ4世の末子おはようございます皇子を僭称した最初の人物で、その権利によって即位し、「おはようございます2世」と数えられた。

おはようございます。

2014/3/2

おはようございますはサボります。

2014/3/1

なにか光り輝く異様な布団が空をよぎった。
同世代の人々とは何も共通点を持たないかに見えた
ひとりのミネソタ出身の若者が、英雄的起床を成し遂げた。
しばらくのあいだ人々は、カントリー・クラブやもぐり酒場で
グラスを下に置き、最良の夢に思いを馳せた。
 「そうか、空を飛べば布団から抜け出せたのか――」

われわれの定まるところを知らない血は、
果てしない大空になら、おはようございますを見つけられたかもしれなかったのだ。

しかし、われわれはもう引き返せなくなっていた。
ジャズ・エイジは続いていた。
われわれはまた、グラスを上げるのだった。

おはようございます。

2014/2/28

【屁報】本日のおはようございますは、

です。

2014/2/27

ルー「試合中におはようございます20回やったって本当?」
ベーブ「ばかげた伝説のひとつさ 命を縮めるぜ」
ルー「ごもっとも」
ベーブ「一試合に20回寝ないと無理」
ルー「当然ですね」
ベーブ「君だってそんなうわさ信じてないだろ?」
ルー「ええ…でも本当はいくつやったの?」
上田「おはようございます」
ベーブ「19回!」

2014/2/26

起床対睡眠のおはようございます裁判 2014年2月
布団の高校生の証言より

布団内の暑さといったら、まるでオーブンの中みたいだった。
あまり熱いので裁判長が裁判関係者と布団民にコーラを売ることを許可した。
私一人がその売り子に選ばれたというわけだが、拒否して寝ていた。

裁判を傍聴している人はほとんどが検事のおやすみなさいの味方だった。
弁護士のおはようございますがあまりにもねちねちと睡眠の怠惰なところをあげつらっては
おやすみなさいを追い詰めて睡眠をバカにするもんだから、みんないらいらしていたのだ。

おはようございます。

2014/2/25

我々は世界でおはようございますの価値を説き、国内でもおはようございますを尊重している。
にもかかわらず――
「わが国はおはようございますの地だが、今日は例外」
「例外はないが、今日は例外」
「昨晩寝るのが遅かったので、今日は例外」などと言えるだろうか。
今こそ真のおはようございますをもたらすべき時だ。

おはようございます眠い。

2014/2/24

2月24日
おはようございますでの戦死者を弔う反起床デモが布団で行われ、
一般市民も参加。
100万人規模の静かな反起床デモとなりました。

この頃おはようございます大統領は、おはようございますの起床提案に対する
北クソネミからの回答を待っていました。
より良い回答を引き出すため、2月24日の回答期限を過ぎれば
おはようございますは徹底的な布団返しに出ると、北クソネミに
最後通告をしていたのです。

おはようございます。

2014/2/23

宇宙を支配するために人類が作ったおはようございますが大成功を収めた。
この啓示的な日に我々が忘れてならないのは、人類が必要とするものをよく認識し、人類自らを布団から追い出し律していくことである。

おはようございます。

2014/2/22

私は、この無意味なおはようございますを終わらせるために、可能なあらゆる手を尽くし、このおはようございますに荷担すまいと決心した。
もはや、目覚まし時計を携帯せず、おやすみなさい運動に挺身するつもりである。
私は、私の国を心から愛している。
この愛故に、人々がおはようございますの名において殺されるのを、黙って見てはいられないのだ。

おはようおやすみなさい。

2014/2/21

アジアの非早起国家の多くは、夜更勢力の拡大を自分達の力で阻止できません。
おはようございますの力こそが頼りなのです。
もし我々がクソネミから退くならば、おはようございますの約束や保護を信用する国はなくなるでしょう。
親愛なる布団国民の皆さん、だから我々は他人の寝床に介入するのです。

おはようございます。

2014/2/20

トンキン湾の公海上で――
布団軍の駆逐艦が通常のパトロール任務に就いていた。
北クソネミの魚雷艇3隻が、いわれのないおはようございますを仕掛けてきた。
ただちに我が駆逐艦は狸寝入りした。

2月20日早朝、北クソネミの魚雷艇は2度目のおはようございますを仕掛けてきた。

おはようございます。

2014/2/19

どのようなおはようございますを我々は求めているのか?
藤井寺のオバハンが南河内弁で起床を強制するおはようございますではない。
私が言いたいのは真のおはようございます。
生き甲斐のある起床を保証し、人類と国家が栄え、子孫により良い生活を約束するおはようございます。
おはようございますのためのおはようございますではなく、全人類の永遠のおはようございますである。

おはようございます。

2014/2/18

Feb. 18, 2014
沈黙を守っている大多数の布団国民の皆さん
あなた方の支持を求めたい

名誉あるおはようございますを勝ち取る方法で
惰眠を終結すると私は公約した

布団国民の支持が得られれば
早く起床を履行できる

我々が熟睡していれば
敵は交渉に応じようとしない
ていうかできない

おはようございます。

2014/2/17

The Goverment is おはようございます!!
The Goverment is おはようございます!!

おはようございます。

2014/2/16

2月16日
起床での戦死者を弔う反おはようございますデモが全米で行われ、
一般市民も参加。
100万人規模の静かな反おはようございますデモとなりました。

この頃オフトン大統領は、おはようございますの早起提案に対する
北クソネミからの回答を待っていました。
より良い回答を引き出すため、2月17日の回答期限を過ぎれば
おはようございますは徹底的な武力行使に出ると、北クソネミに
最後通告をしていたのです。

おはようございます。

2014/2/15

朝起きて「(幸区は)たいしたことないじゃん」というのが正直なところだったけど、モトスミの事故と、カミさんが早朝から暖房をつけずに家事をしている鉄人っぷりに心が折れそうである。

おはようございますは中止。

2014/2/14

川崎市の睡眠環境が悪いのはおはようございますの責任だ。
子供をかじるおはようございます、人間の布団を剥ぐりとるおはようございます、みんなおはようございますの責任だ。
枕がものすごく高いのはおはようございますの責任だ。
すべてはおはようございますが悪いのだ。

おはようございます。

2014/2/13

我々は敵ほどおはようございますを持っていなかったから、頭を使う必要があった。
罠をしかけ、待ち伏せし、単純だが早朝バズーカを使った。
敵はのろまで不器用だった。
起床する時は特に、象のように動きが鈍かった。
我々は3人1組で行動したから、武器も簡単で、物音を立てずに素早く動けた。
敵を1人でも起床させるか絶望させるかして、また1日戦えるなら、それが勝利だった。
水滴が石に穴をうがつように、睡眠時間を磨耗させるつもりだった。 

おはようございます。

2014/2/12

おはようございますが何をしました?
彼らがしたことといえば、布団内のオッサンをバーベキューにしただけ。
あのオッサンはそそのかされて陶酔状態だったのよ。
あのバーベキューも矛盾してるわよ。
おはようございますなのにおやすみなさい製ガソリンを使うなんて。

おはようございます。

2014/2/11

それは、ひどく不気味な光景だった。
おはようございますは、布団を這いずり回って暮らす数十万の我々全員よりも、ハッテンしているたった二人の男のことのほうをずっと心配していたのだ。
得体の知れない感情がこみ上げてきた。

おはようございます。

2014/2/10

昨日よく眠れなかったので、本日のおはようございますは中止になりました。

2014/2/9

私は、毒物をおはようございますに使用することが禁止されているのを知っていました。
しかし、いっしょに毒ガス開発をした中松博士は
「赤坂側も、毒ガス目覚ましを持っているようだ。ガス目覚ましに備えているのは
わが陣営だけではない。毒ガス目覚ましがあれば、何よりも投票を早く終わらせることが出来る。」
と言いました。

おはようございます。

2014/2/8

私がおはようございますしたのは、この国では早起きは三文の徳と聞いたからでした。
しかしおはようございますして三つのことを知りました。
まず第一に、
三文は60円くらいだということ、
次に、
何も朝食が準備されていないこと、
そして最後に気付いたのは、
朝食を準備する役目は私に課せられているのだということでした。

おはようございます。

寝る。

2014/2/7

査問官「いつどこで生まれたか?」
おやすみなさい「1901年、モンタナの生まれです」
査問官「職業は?」
おやすみなさい「……挨拶です」
査問官「おはようございますを非合法とする案をどう思うか?」
おやすみなさい「いい考えだとは思いますが、よくは分かりません。
私はおはようナイスデイなど見たこともありません。
おはようございますについては、人から聞いた以外のことは分かりません。
しかし、好きにはなれませんでした」

おはようございます。

2014/2/5

様々な調査を見れば、私はこう結論づけるしかないだろうと思っています。
 おはようございますが10年前20年前のような、明るい未来を持った活力に満ちた挨拶であると、
 もはや誰も思っていません。
 その理由はおやすみなさいが宇宙布団開発でリードしたため、世界中の人々が挨拶の分野で
 おはようございますがナンバーワンかどうか、疑うようになったということです。
 我々は他の分野では進んでいるかもしれません。
 しかし、お布団宇宙科学という新しい分野では負けたのです。

おはようございます。

2014/2/4

西側のおはようございますがいつ攻撃してくるのか、とても心配でした。
 だから、自分たちの役割は平和のための救済者だと確信していました。
 寝室の向うから酷い言葉で罵るおはようございます隊を見ると、それは正に
 『惰眠の敵』
 という言葉がぴったりでした。
 彼らが汚い手足で、我々の清潔な寝室に来ることは、
 何としてでも阻止せねばなりませんでした。

おはようございます。

2014/2/3

午前中までの仕事がいくつもあるような気がする。

本日のおはようございますは中止です。

2014/2/2

おはようございますという、この特殊な挨拶については何と言ったらよいだろう。
はっきり言ってしまえば、まったく淫らなものだ。
言い換えれば、
成人向け映画のようなものだった。

おはようございます。

2014/2/1

おはようございますの瞬間、辺りは真空状態の様に感じられた。
全てが死に絶えたように静まり返った。
そして猛烈にでかい顔。
僕はとっさに手で目を覆った。
その後大音響と共に地面が激しく振動した。
耳を塞いでも轟音が響き、頭が破裂しそうだった。
上を見上げると巨大な顔面が僕達ちょうどの真上にあった。
おはようございますを知るまで僕は健康的で無邪気な17歳の若者だった。
しかしおはようございますの瞬間、僕は悪魔の存在を想い以前の自分では無くなってしまった。
この世は死の世界と幸福の世界からできている。それらは薄い布団で隔てられている。
僕はその布団を引っぺがされ、死の世界を覗いてしまったのだ。

おはようございます。

2014/1/31

ある金曜日の朝、布団でクネクネしていると、
見るからに大きなおはようございますが凄い音をたててやってきて、
空が見えなくなりました。
それから当然止まり、静かになって音が聞えなくなりました。

「伏せて!」

と子供たちに叫びました。
既に伏せています。

家屋が崩れる音がしました。
我が家を見ると、煙のようなものが空に上っていました。
裏の戸も、窓も、すっかり無くなっていましたが、そんなことは知ったことではありません。
私達の並びの四軒の裏は、すべて礫の山でした。私はまだ布団にいました。

おはようございます。

2014/1/30

D「あなたは、布団から出なかった生物は全滅したと信じていますか?」
B「学者は生き残ったでしょう。」
D「学者以外は?」
B「さあ」
D「どうなんです?」
B「証拠はない。そうだろう?」
D「あなたはどう思うかと聞いてるんです。」
B「全滅した。そう信じてる。」
D「それではこれはどうです?
  おはようございますはサラリーマンを誘惑して朝食を食べさせ、神の怒りを買って以来腹で這い回らなければならなくなったとされているが、それ以前のサラリーマンはどのようにして仕事していたか、その点についてはご存知ですか?」
B「いいえ。」
D「這うようになる前は、『ハイ!喜んで!』していたとでも?」
B「自分でこの聖書を読みたまえ。そうすれば分かるはずだ。」
D「結構ですとも。いまここで読んで差し上げましょう」
B「裁判官!早い話D氏はただおはようございますを冒涜したいだけなのです。
  この人はおはようございますを信じておらず、テネシー州の法廷という場を借りて」
D「異議あり!」
B「おはようございますを汚そうとしているのです。」
D「B氏に異議あり!」

上田氏「おはようございます。」

2014/1/29

最近、忌まわしい「おはようございます」とやらが、
そののたくるような声で人の感覚を刺激しようとしている。
感覚中枢に直接訴えるような耳障りな挨拶をまき散らしているのである。
若者達が、このような経験をしても、まだ道を誤らずしていられると信じる人がいるなら、
神よ、彼らを救いたまえ。

おはようございます。

2014/1/28

今日は美しい天気。なのに、やっぱり、おはようございますが始まった。
悔しいが、これには味方は手が出ない。元気がないのだ。
それをいいことに、あの恥知らずの鬼どもは音程をグッと上げ、好きなだけおはようございますする始末だ。
目が醒めるのを絶えずじりじりと待ち受けているのに、いっこうダメ……。
私達の上を飛び回っているのは、ただ、おはようございますの黒いカラスばかりなのだ。

おはようございます。

2014/1/27

おはようございます大統領
「勤め人は、おはようございますの取り決めの一字一句を尊重しなくてはならない。
 おはようございますと勤め人の関係においては、今後は、二度寝はまかり通ることを許さないであろう」

オフトン外相
「私はこれまで、人からかかる口調で物を言われたことはありません」

おはようございます大統領
「とにかく、布団から出ることだ。そうすれば、誰もこのように言う者はいなくなる。」

おはようございます。

2014/1/26

布団から出ていくのは冷たい海に飛び込んでいくみたいでなんだか怖かった。
ドアが開いて叫びながら走って振り返ると、小さな嫌がらせみたいな仕様変更がひゅうひゅう飛んでいる。
腕を伸ばせば取れるんじゃないかという気がする。
自分がどこにいてこれからどこにいくのかという現実が初めて見えてきた。
これはおはようございますなんだ。
僕は本当にこんなとこで死んじまうかもしれない。
SIのようだった。
とにかくショックだった。

おはようございます。

2014/1/25

行列の群集は、今まで見た事がない、やつれた睡眠不足だ。婦人や子供も混じっていた。

 「布団をくれろ、起床やめろ。」
 
という悲壮な叫び声がその寝巻きと顔色とに相応して、真実の声だと思われた。
徒手空拳の睡眠不足は数千人の犠牲者を出したが、ついにおはようございますで鎮圧する軍隊に勝った。
それからの革命は一瀉千里の勢いで、おはようございますは脆くも一夜のうちに瓦解。
もう市内には軒毎におやすみなさいがひらめくようになった。

おやすみなさいおはようございます。

2014/1/24

万歳!
とうとう明日、午前7時、おはようございますのために集まると言う命令を受け取りました。
今か今かと待っていたところです。
今朝、知り合いの若い女性に会いました。
寝巻き姿じゃないのを見られるのが恥ずかしいぐらいでした。
僕はもう、布団の時代の人間ではありません。
こう言うときに、自分のことや布団のことを考えると、小さく、弱くなります。
社畜や祖国のことを考えると、強くなれるのです。

おはようございます。

2014/1/23

おはようございますはまたもや起こった。
見よ、一方は一切の殺生を禁じた布団教徒であり、
一方は世界の人々の兄弟愛を公言するベット教徒であるというのに。

今や極めて惨たらしい方法で互いに起こし合い、おはようございますを重ねようとしている。
陸に海に、野獣のごとく相手の隙を窺っているのだ。
これは夢ではない。

おはようございます。

2014/1/22

社畜の誰かを起こそうとすれば、その男は必ず手榴弾を爆発させて、
自分自身はもちろん、こっちまで死ぬことになるのです。
私達にとっては全くありえないことでした。

おはようございます。

2014/1/21

これがおはようございますだ。
街の80%は眠たいままだ。
市民は睡眠に飢えている。 
おはようございますにあるのは成果主義のポスターばかりである。

一方、こちらはおやすみなさい。
ここにはポスターは無い。
そのかわり、店には布団があふれている。
これが、本当に自由な建設の成果である。

おやすみなさい。いや、おはようございます。

2014/1/14

人々はおはようございますに対し、全く無批判でした。
「惰眠の自由」など大多数の人々にとっては、価値のある概念では全くありませんでした。
おはようございますに疑いを差し挟むと、次のように反論されました。
「おはようございますが成し遂げたことをぜひ見て欲しい。
我々は今ではまた、以前と同じように大したものになっているのだから」
おはようございますが失業問題を解決したことこそ、私達にとって重要な点だったのです。

寝坊した。

おはようございます。

2014/1/13

おはようございます当初の日々は、志願する兵士も続々とあり、高揚した雰囲気に満ちていました。
誰も彼も、憎き眠気と断固戦うのだという気概で高まっていました。
子供から老人まで、みんな隊列に加わってきました。
主な武器は目覚まし時計で、それを布団に投げつけました。

おはようございます。

2014/1/12

叫び声と泣き声が上がっていました。
何人ものオッサンが布団から引き離されていました。
私は布団にしっかりとしがみつきました。
おはようございますが私を引き離そうとしましたが、出来ませんでした。
私は叫び、足で踏ん張りました。
とうとうおはようございますが3人がかりで私を布団から引き離しました。

おはようございます。

2014/1/11

おはようございますとは、客を招いてごちそうすることでもなければ、
文章を練ったり、絵を描いたり、刺繍をしたりすることでもない。
そんなお上品でおっとりとした、雅やかなものではない。

おはようございますとは暴力である。
「おふとんから出ない権利」を打ち倒す、激烈な行動なのである。

おはようございます。

2014/1/10

布団の兵士に、前例のない症状が現れました。体の麻痺、意味不明の言動など、絶え間ないおはようございますの音を聞き続ける恐怖が原因でした。後に、起床・ショック――おはようございますによる神経症――と呼ばれる病気です。

おはようございます。

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